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おもしろ筑西

下館駅前稲荷町通りに名画を焼き付けたセラミックアートが4基設置されています。

セラミックアートは、本市にゆかりのある作家の作品を陶器製の板に焼付けたもので、まちなか美術館として展示しています。

絵画や写真をフルカラーで表現でき、耐久性も高く、半永久的に退色することなく展示が可能なことが特徴です。

 

青木繁 作 「海の幸」⇔「大穴牟知命(オオアナムチノミコト)」 【両面仕様】

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セラミック01「海の幸」は、青木繁の28年余りの短い生涯のなかでも最高傑作とされ、1904(明治34年)年に東京美術学校を卒業した夏、坂本繁二郎、森田恒友、恋人の福田たねと共に、房総半島の布良に滞在し、黒潮の海に生きる漁師たちの活気溢れる生命力に想を得て、描かれたものです。第9回白馬会展に出されて高い評価を得ました。

海の幸

制作年度:1904年(明治37年) 原画寸法:70.2×182.0cm

 

セラミック02「大穴牟知命」は、古事記に記されるオオアナムヂノカミ(後に大国主命となる)は兄弟の陰謀で火傷を負い、死んでしまいます。ここに描かれるのはそれを母神の願いにより、キサガイヒメ/ウムギヒメが乳汁を塗って生き返らせた場面。この作品が描かれた時、画家は恋人との間に幸彦(後の邦楽家・福田蘭童)を授かったばかりでした。その場所は旧下館市の川島でした。

大穴牟知命

制作年度:1905年(明治38年) 原画寸法:75.5×127.4cm

 

青木繁 作 「わだつみのいろこの宮」

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セラミック03

青木繁は、寄稿文の中に、「この作品を作るには実に3年の月日を費やして居る」と残しているように、はじめは「海の幸」を描いた房総半島の布良にて、坂本・森田・恋人のたね達と遊んだ時、海底の色彩の変化に驚いたのが動機だといっています。さらにその翌年、別の地を訪れたのち、3年目に彼自身の郷里久留米から長崎に出かけたおり、海底に自身が潜ってようやく素稿が成ったと言っています。実際の制作は、たねの実家(栃木県芳賀町)と親戚にあたる豪農の母屋をアトリエにして行われました。

わだつみのいろこの宮 制作年度:1907年(明治40年) 原画寸法:180.0×68.3.0cm

 

青木繁 作 「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」→「青木繁」 【2面仕様】

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セラミック04

「日本武尊」は、古来より信仰の山として知られ、日本武尊が東征の際に山頂で神に武運を祈ったと伝えられる加波山神社で描かれました。日本武尊は、足元に座し闇に沈む従者とは対照的に光に照らされ、眼差しは遠く行く手を見据えて英雄的に構えています。その顔は、日本人の模範的な顔として彼自身が自分の顔を鏡に映して描いたものです。

日本武尊 セラミック05

制作年度:1906年(明治39年) 原画寸法:70.0×37.0cm

 

「青木繁」は、1882(明治15)年7月に福岡県久留米市に生まれ、後に東京美術学校西洋画科に入学します。近代日本洋画壇の天才画家と称賛され、その作品は明治の浪漫派を代表する情感豊かで独創的なものであり、代表作は現在、国の重要文化財に指定されています。1905(明治38)年8月には、筑西市川島に滞在し地元住民をモデルに神話を題材とした作品を制作しました。生涯に二度、茨城の地を訪れた彼は、芸術への夢と貧困という現実の中で28歳の波乱の一生を終えましたが、茨城での生活は充実したものでした。

 セラミック06 青木繁 設置寸法:57.0×45.5cm

 

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板谷波山 作 「葆光彩磁瑞花鳳凰文様花瓶(ホコウサイジズイカホウオウモンヨウカビン)」

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セラミック07

板谷波山は、陶芸を芸術の域にまで高めた人物として知られ、陶芸家として初の文化勲章を受章しました。真壁郡下館町(現,筑西市)に生まれ、東京美術学校(現.東京芸術大学)彫刻科を卒業し、石川県工業学校に赴任しますが、子供の頃に見た焼き物の美しさに魅かれて、陶芸家を志します。
波山が生み出した独自の技法のひとつに「葆光彩磁」があります。この技法では、薄肉彫りで文様を施した素地に液体顔料で絵付けを行い、薄絹を透かして見るようなマット調の半透明釉を使用します。そのため絵付けの色彩が柔らかく淡い色合いに見えるのです。
 「葆光彩磁瑞花鳳凰文様花瓶」には、この技法が用いられて鳳凰が描かれています。この鳳凰は、奈良県東大寺の所蔵品を取材したもので、作品には雌雄2羽が器面の表裏に互いを呼び合うかのように配されています。
波山の生家と田端(東京)の工房で使用していた窯は、現在、板谷波山記念館に保存されています。

葆光彩磁瑞花鳳凰文様花瓶01 葆光彩磁瑞花鳳凰文様花瓶02

制作年度:1923年(大正12年) 原画寸法:高26.5cm、胴径24.3cm

 

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